(2023/11 最新情報を反映)
初代:Porl(Paul) Stephen Thompson(ポール・トンプソン)
1957年11月8日、英ウィンブルドン生まれ。
奥さんはRobertの実妹であるJanet。
RobertたちがThe Obeliskの後に結成したMaliceというバンドに参加し、その後続バンドのEasy Cure(The Cureの前身にあたる)まで在籍していた。
Jimmy Pageのギタープレイに強い影響を受けており、当時からすでにかなりのテクニシャンとして知られていたという。
("Crawleyの早弾きギタリスト"と呼ばれていたとか。)
83年のThe Gloveに参加したのがきっかけで、84年にThe Cureに加入。
華麗なギタープレイにプラスして、キーボードやサックスまで操り、マルチプレイヤーとしての側面を強く印象付けた。
更には友人のAndy Bellと共にParched Artというデザイン会社を立ち上げ、The Cureのスリーヴをデザインするなど、その才能は幅広い。
93年のEP"Never Enough"を最後にバンドを離れる。
理由は、画家として専念するためということだったが、割と直後に敬愛するJimmy Page率いるPage and Plantに参加していたりする。
脱退時、Porl抜きのThe Cureを危惧する声があったが、Robertは以下のように真っ向からそれを否定している。
「Cureの音楽性におけるPorlの役割って実はほとんど影響力がないものだったんだよ。」
「Cureの全歴史において彼が作った曲は2曲だけだし、いつも『これ、どう弾く?』って僕が曲を持って行くと彼は10くらい違う弾き方をやってみて、その中から僕が『これがいい』って選んで、彼はレコードやライヴでいつもその通りに弾いたんだ。」以下、1994年当時のRobertのコメント。
「ポールは何でも自分でやってしまう傾向があって、変わったことが好きだ。僕とは共通点も多いんだけど、共通しないことも多い。ポールは僕らからすると変わった音楽が好きで、でもそれはすごくいいことなんだよ。というのも、このグループの僕が奨励してきた側面、つまりソロを入れるとか、うんとへヴィにするとか、そういうのは実はほとんどがポールの影響なんだから。彼は僕の妹と結婚しているんで、いずれにしても親戚関係なわけだし、よく会っているよ。自分を押さえてグループのために一番いいことをやってくれればいいんだけど、好きにさせておいたら僕らのやるもの全部にギター・ソロをかぶせてしまうだろう。スタジオでは実際にそうなんだ。彼に全曲で弾かせておいて、ミックスでは使わないだけのことさ。録音しておいて、彼のギターがやたらとうるさい箇所を10本コピーするんだ」
2代目:Perry Bamonte(ペリー・バモンテ)
元々はキーボードプレイヤーとしての加入だったが、94年のPorlの脱退に伴い本職であるギターへと担当を変更。
キーボード編では書き忘れたが、The Sisters Of Mercyの大ファンだとか。
スーパーテクニシャンであるPorlの後釜としてのプレッシャーが原因か、ギター転向後はバンド加入時の初々しい容姿が急速に変貌し、03年のDVD"Trilogy"では核戦争後のトキの如く老化した姿を見ることができる。
レコーディングではほとんどギターを弾かせてもらえなかったらしく(Robertは自分とPerryは演奏スタイルが同じなので、ほとんど自分で弾いてしまう、といった旨を語っていた)、その他一人にすっかり落ち着いた05年、実弟Daryl(Cureのツアーマネージャー)やRober O'Donnellと共に電撃的に解雇された。
あまりのショックから、しばらくはギターを見ることができなかったという...。
3代目:Porl Thompson
05年にPerryと入れ替わりで復帰を果たした。
復帰直後はただのおっさんだったが(失礼)、スキンヘッドにした辺りから徐々に覚醒し、近年は頭と顔にペイントして百鬼夜行図に出てくるような妖怪と化してしまった。
テクニシャンぶりは相変わらずで、08年の"4:13 Dream"では美しいスティールギターを披露している。
復帰後はキーボードを弾く姿は確認できていない。
2011年頃にフェードアウト気味に2度目の脱退。
噂によると、奥方であるRobertの妹君と離婚したらしい。
それが脱退に影響しているのかは不明だが、eBayでThe Cure関連の機材や衣装を売りに出しているところを見ると、どうも音楽(もしくはThe Cure)からは足を洗うかのように思われる。
4代目:Reeves Gabrels
2011年になるといつの間にかPorlは脱退扱いになっており、"Reflections"や"Bestval"の公演はサイドギターなしで行われた。
しかしやはりギター1人では厳しいのでは?という意見を聞いたか聞かずか、2012年のサマー・フェスティバルではTin MachineやDavid Bowieバンドのギタリスト、Reeves Gabrelsが正式参加。
Reevesは"Wrong Number"('97)やサイドプロジェクト"COGASM"で活動を共にした旧知の仲であり、すんなりとバンドに溶け込んでいる。
2012年7月現在ではサマー・フェスティヴァル後にもバンドに残るかどうかは明らかになっていなかったが、2013年に入り正式メンバー扱いとなり、無事4代目の継承が行われた。
4.5代目:Perry Bamonte(ペリー・バモンテ)
2022年10月6日にラトビアのリガで行われた "Show Of A Lost World" ツアーの初日にて2005年以来17年ぶり2度目の復帰を果たした。担当はギターとキーボード。
次作 "Songs Of A Lost World" 収録予定の楽曲群はキーボードパートの比重が大きいための起用と思われるが、それ以外の曲では弾くべきパートがなく、ステージの端にて直立不動で虚空を見つめる置物と化している姿が度々見受けられるので、ファンとしてはいろいろと心配になる。
今後もパーマネントなメンバーとして残るのかは不明だが、2023年の南米ツアーにも無事参加している。
※Reevesも絶賛在籍中であるため、5代目とせず4.5代目とした。
The Cure歴代メンバー紹介(ドラム編)
The Cure歴代メンバー紹介(ベース編)
The Cure歴代メンバー紹介(キーボード編)
The Cure歴代メンバー紹介(ヴォーカル編)
The Cure歴代メンバー紹介(ドラム編)
The Cure歴代メンバー紹介(ベース編)
The Cure歴代メンバー紹介(キーボード編)
The Cure歴代メンバー紹介(ヴォーカル編)
0 件のコメント:
コメントを投稿