2009年9月24日木曜日

The Cure歴代メンバー紹介(ドラム編)

The Cureはメンバーの入れ替わりが激しいことで有名ですが、そのメンバーたちを担当パート別に紹介しようというのが本企画の趣旨。今回はまず第1回目として歴代ドラマーを紹介します。





初代:Laurence Andrew Tolhurst(ローレンス・トルハースト)
1959年2月3日、英サリー州ホーリー生まれ。

通称"Lol(ロル)"。

The Cureのオリジナルメンバー"Three Imaginary Boys"の一人。

Robert Smithとは6歳の時からの幼馴染で、ミドルスクール時代にRobertと共にThe Obeliskを結成し、ドラムを担当したのがそのキャリアのスタートとなった。

The Cure初期のサウンドの特徴とも言えるドタバタとした8ビートのドラミングを得意としていた。

だがRobert曰く、Lolはリズム感に欠けテクニックも乏しいため、Lolのドラムに合わせる形で初期のサウンドが形成されたという。

更には非力であるため82年リリースの4thアルバム"Pornography"ではそれを補うためRobertとSimon Gallupが左右に陣取って一緒にドラムを叩いていたという。

(他にも耳が聞こえないとか、RobertはLolに関して言いたい放題である。これは後年の軋轢が原因で、それについては別途記述する。)

この"Pornography"で自身のドラマーとしての可能性を出し切ったとか、はたまた次作"Let's Go To Bed"のダンスサウンドがどうしても叩けなかったなど諸説あるものの、どちらにせよ技術的な限界に達したため、83年にキーボードにパートチェンジした。

後のDe-LAXの京極常世など、ドラマーからの転職のパイオニア的な存在となったとかならないとか。

キーボード転向後の波乱の人生は「キーボード編」にて。


2代目:Andy Anderson(アンディー・アンダーソン)
1951年1月30日、英ロンドンのウェストハム生まれ。本名はClifford Leon Anderson。

The Gloveへの参加がきっかけで、キーボードに転向したLolの代わりとして84年1月に加入。

The Cure史上唯一の黒人メンバーである。

オリジナルアルバムとしては84年の5th"The Top"のみ参加。

Lolがドラムを担当していた1st"Three Imaginary Boys"から4th"Pornography"までは、悩み多き文学青年が次第に病んでいく様というか、ある種病的な危うさがあったのだが、Andyのアグレッシヴでパワフルなドラミングにより、ロック色が強まりバンドはマッチョ化した三島由紀夫のような変化を遂げた。

しかしそんな彼も84年10月の日本公演で飲酒によるトラブルを起こし、Robertの怒りをかって帰国後即クビとなってしまった。

よくも悪くも次代Borisの繋ぎ的な存在か。

以下、1994年当時のRobertのコメント。
「彼には何だか妙に変なところがあって、トチ狂っては何度も刑務所にぶち込まれていた。それが全体の予定を引っ繰り返してしまっていたんだよ、本当に。それに、個人的にも色々と問題を抱えていた。だけど、その後も僕は彼と会っているし、彼は本当に……、みんな本当にいいやつらだよ」

3代目:Boris Peter Bransby Williams(ボリス・ウィリアムス)
1957年4月27日、仏ヴェルサイユ生まれ。

飲酒トラブルから解雇されたAndyに変わり、Phil Thornalleyの紹介で84年11月にバンドに参加した。

85年の6th"The Head On The Door"から92年の9th"Wish"までの黄金期に在籍し、The Cureファンの中で最も印象の強いドラマーである。

Robertも「The Cureにとって最高のドラマーだった」と手放しで賞賛している。

7th"The Kiss"の制作時にメンバー全員による作曲(通称"テープセッション")を提案し、Robertのワンマン色が強かったThe Cureにバンドらしさを持ち込んだりと、気まぐれなRobertの引き締め役なイメージがある。

ドラムスタイルの特徴としては非常にテクニシャンだが、それに流されず楽曲に見合った安定したドラムを生み出すことが挙げられる。

スネアが力強く、リズムに躍動感がある。

"Inbetween Days"や"Closedown"のようにタムを効果的に使ったり、"High"のようにリムショットを入れたり、"Close To Me"や"Plainsong"のようにハイハットの刻みに強弱をつけたりと、様々なアイディアで楽しませてくれる。

94年に恋人であるCaroline Crawley(ex.Shelleyan Orphan)とのバンド"Babacar"に専念するためThe Cureを去った。

さすがにRobertもショックを受けたようで、
僅か半年前に自分は世界一のバンドにいたのに、今じゃ沈みかけのポップ・デュオだ。一体どうしたわけだ!
などとコメントしていた。
(当時(94年6月頃)は、一時的にSimonも抜けていた。)

脱退後もバンドとの関係は良好なようで、01年の"Greatest Hits"のアコースティック・セッションでパーカッションとして参加している。

ファンの間では今でも復帰が心待ちにされている存在である。


4代目:Jason Toop Cooper(ジェイソン・クーパー)
1967年1月31日、英ロンドン生まれ。

Borisの脱退後、250人の候補の中から選ばれたシンデレラ・ボーイ。

最終的にMark Price(ex.All About Eve)との一騎打ちに勝利し、晴れて95年に加入した。

The Cureに入る前は香港で大工をしていたこともあるという。

10th"Wild Mood Swings"から13th"4:13 Dreams"まで4枚のアルバムに参加し、現在に至るまで14年間在籍している歴代最長ドラマーであるが、その評価は毀誉褒貶相半ばしている。

まず良い点は先人たちのドラムスタイルを忠実に演奏するところ。

03年のライヴDVD"Trilogy"でその真価が発揮されている。

またジャズっぽいドラムが叩けるところもいい。

"The Lovecats"や"The Caterpiller"なんて、もう聴けないと思っていたもんなぁ。

このような長所のため、歴代の中では一番楽曲の守備範囲が広いように思える。

逆に悪い点は音が軽薄で、単調になちがちなところ。

気付けばオープンハイハットの4分打ちばかりで、"Inbetween Days"と"Just Like Heaven"がほとんど同じに聴こえる。

特に緊迫感を求められる楽曲では、音の軽さ・単調さ故に雰囲気を台無しにしていることもある。

オーディションでじっくりと人物観察をしたためか、メンバーとの仲は非常に良好のようで、Robertは"Bloodflowers"リリース時のインタビューにおいて「僕がずっと彼に対して期待してくれた通りのドラマーだったということを証明してくれた。」と語っている。

Simonも前出の"Trilogy"でその安定感を褒めている。


おまけ1:Steve Goulding(スティーヴ・ゴールディング)
セッションドラマー。

"Let's Go To Bed"でドラムを担当した。


おまけ2:Vince Ely(ヴィンス・エリー)
The Psychedelic Fursのドラマー。

Andy脱退後、Boris加入までの間のアメリカツアーでドラムを担当した。


The Cure歴代メンバー紹介(ベース編)
The Cure歴代メンバー紹介(キーボード編)
The Cure歴代メンバー紹介(ギター編)
The Cure歴代メンバー紹介(ヴォーカル編)

0 件のコメント:

コメントを投稿